東京工業大学 物質理工学院 応用化学系 芹澤研究室
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研究内容

酵素触媒重合により自在合成するグリーンな機能性セルロース

生命は、タンパク質をはじめとする様々な高分子が自発的に規則的な集合体を形成すること(自己組織化)によって機能しており、その集合体が柔軟であることが、生命体としての機能に重要であることが広く知られています。化学者はこれに倣い、タンパク質やそれを短くしたペプチド、DNA、脂質といった生体高分子を試験管内で自己組織化させることで、柔軟に構造が変化する機能性材料を創製できることを見出してきました。植物に着目すると、結晶性多糖の一種であるセルロースが極めて堅牢な構造体を形成しており、それによって木が何十年も、ときには何百年も風雨に耐えることを可能にしています。我々はセルロースを素材とすることで、様々な環境下でも構造変化せずに安定に利用できるグリーンな機能性材料を自在に創製することを目指しています。酵素を触媒として利用する人工的な酵素重合によりセルロースを合成し、さらに高分子科学に基づいて重合反応を制御することで、セルロースの自己組織化を自在に制御できることを初めて明らかにしています。さらに、有機合成化学を駆使することで、分子鎖末端が化学修飾された機能性セルロースを自在に合成し、それらを素材とする全く新しい材料創製へと展開しています。構築したセルロース材料を繊維強化プラスチックや、組織工学のための細胞培養足場、また触媒担体といった様々な分野で応用しています。

図1 酵素を利用して合成する人工セルロース研究の概念図
図1 酵素を利用して合成する人工セルロース研究の概念図
(上)セルロースの酵素合成とそれにより得られる階層的な構造
(下)合成したセルロースの機能性材料としての展開

合成高分子の構造を見分けるペプチドの創製とそれに基づく高分子の機能化

生命活動は体の中で分子と分子が相手を間違えることなく精密に見分けて結合すること(分子認識)により成り立っています。生体由来の分子、例えばペプチドが結合する相手は生体由来の分子だけなのでしょうか?ペプチドは20種類のアミノ酸の組み合わせからなります。10個のアミノ酸からなるペプチドの場合、その構造には20の10乗(10兆)通りの可能性があります。生体はこれらすべてを利用しているわけではありません。つまり、進化の過程で淘汰されたペプチドの中には、人工材料の構造を見分けて特異的に結合するものがあるかもしれません。我々は合成高分子のわずかな構造の違い(立体規則性、両親媒性、結晶性、多孔性、直鎖・分岐構造、集合構造、側鎖構造など)を見分ける全く新しいペプチドが実際に存在することを明らかにしています。そのようなペプチドを見つける手法として、生物学的に構築したペプチド集団から特定のペプチドを釣り上げるバイオテクノロジーを用いています。さらに、得られたペプチドを高分子表面の機能化やナノ粒子形成など高分子材料の世界で応用し、環境に優しい機能性高分子の創製へと展開しています。

図2 高分子結合性ペプチド研究の概念図
図2 高分子結合性ペプチド研究の概念図
(左上)目的ペプチドの探索法(ファージディスプレイ法)の模式図
(右上)イソタクチックPMMA結合性ペプチドのまとめ
(下)高分子の構造を見分けるペプチドを利用した機能性高分子創製の模式図

ソフトマテリアル素材として機能する繊維状ウイルス

ウイルスは細胞の力を借りて自らを増殖する、生物と無生物の中間に位置づけられる分子です。その構造に着目すると、遺伝子である核酸と、その遺伝子に由来するタンパク質から構成されており、それらが極めて規則的に集合化して複合体として存在しています。ウイルスがもつ遺伝子に任意の操作を加えることにより、望みの位置に望みの機能をもつペプチドやタンパク質をもたせることができ、自在に機能制御できます。また、電子顕微鏡や原子間力顕微鏡などで可視化できる分子サイズであることも魅力の一つです。我々は、化学者の視点からウイルスを見つめ直し、極めて制御された構造をもつ高分子集合体として利用する研究を進めており、ウイルスの中でも動植物に無毒なM13ファージと呼ばれる繊維状ウイルスに着目しています。このファージは上記の特徴に加えて、生体高分子集合体でありながら液晶配向するほど規則的に集合化する魅力的な特性を併せもちます。ファージを直鎖状の高分子に見立てながらその構造や集合化、さらに機能を制御することで、ウイルスを素材とした全く新しい機能性ソフトマテリアルを創製しています。ウイルスからなるマテリアルの集合化を解析して十分に理解したうえで構造・物性・機能の相関について明らかにしたいと思っています。ウイルス研究は生物学や医学の世界で発展を遂げてきましたが、化学の力でウイルスに新しい価値を創造することを目指しています。

図3 ウイルスを素材とするソフトマテリアル研究の概念図
図3 ウイルスを素材とするソフトマテリアル研究の概念図
(左上)M13ファージの遺伝子工学による機能化の模式図
(右上)M13ファージの液晶配向様式
(下)M13ファージを素材とするマテリアル展開

ナノチューブを水中分散する生体高分子

ナノ(10億分の1)メートルサイズの直径をもつナノチューブは、その特徴的な構造と興味深い物性から近年注目されているナノ材料です。我々が扱っているナノチューブは窒化ホウ素ナノチューブ(BNNT)です。BNNTはよく知られるカーボンナノチューブ(CNT)の炭素原子が窒素とホウ素に交互に置き換わった化学構造をしています。BNNTはCNTに比べて熱安定性や力学強度が高く、最近ではCNTよりも生体毒性が低いことが提唱されています。その一方でBNNTはほとんどの溶媒に溶解(分散)しないため、取り扱いが難しく材料応用の大きな妨げになっています。我々は生体高分子(ペプチド、ヌクレオチド、多糖など)やそれらのモデルである水溶性高分子などでBNNTを包み込むことにより、BNNTを水中分散させることに成功しています。医用材料(DDSやバイオセンサーなど)に応用することを念頭に置きながら、水中分散したBNNTの基礎特性を解析しています。

図4 生体高分子によるBNNTの水中分散研究の概念図
図4 生体高分子によるBNNTの水中分散と機能化研究の概念図
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